荷主や物流事業者は努力義務にどう向き合うか

努力義務とは、法令上、「~するよう努めなければならない」と記載されている義務のことです。流通業務総合効率化法の改正で、「物流効率化への取り組み」が全ての荷主・物流事業者に努力義務として課されたことが話題になりました。本記事では、努力義務について物流DXパートナーのHacobuが解説します。

努力義務とは
努力義務は、法令の条文において「~するよう努めなければならない」「~努めるものとする」と規定される内容を指します。また、このような規定を努力義務規定といいます。
努力義務規定の条文例
たとえば、労働基準法第一条には以下のような努力義務規定が記載されています。
- 労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。
- この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。
努力義務に罰則や強制力はない
努力義務には基本的に法的拘束力はないため、違反したとしても罰則は科されません。ただし、これは努力義務規定に違反しても構わないという意味ではありません。
努力義務を怠った場合のリスク
努力義務を怠ることで、第三者から損害賠償請求を受けるなど、結果的に民法上の不法行為に該当する恐れはあります。
第三者に損害が生じてしまった場合、「努力義務規定を守らなかった事実」を指摘され、損害賠償請求において事業者側が不利な立場に立たされてしまうかもしれません。
また、努力義務の遵守を担保するための行政措置として、行政指導を受ける場合もあります。行政指導を受けた事実が知られてしまうと事業者の信用低下、そして事実上の不利益につながる可能性があります。
努力義務・義務・配慮義務の違い
法令の中には、努力義務と似ている言葉に「義務」と「配慮義務」があります。これらの違いについて解説します。
一般的には「義務規定>配慮義務規定>努力義務規定」の順で法的拘束力が強いといわれています。

義務は、規定に対してしなければならないこと、またはしてはならないことのことを指し、条文では「~しなければならない」などのように規定されます。法的拘束力があり、違反した場合は刑事罰や行政罰などの罰則があります。
配慮義務は、必要な措置を講ずるよう配慮しなければならないことのことを言い、条文では「~配慮をするものとする」 「~配慮するものとする」などのように規定されます。法的拘束力はないですが、配慮がない場合、義務違反として罰則の可能性があります。
努力義務は、条文で「~するよう努めなければならない」「~努めるものとする」などと規定されます。法的拘束力はなく、罰則などの制裁はないですが、努力を怠ったり、努力義務とは正反対のことを行った場合、義務違反として監督官庁から行政指導を受けたり、被害を受けた第三者から損害賠償請求を受ける可能性があります。
努力義務規定が義務規定に改正される可能性
努力義務規定や配慮義務規定だからといって、取り組みを怠ってよいわけではありません。努力義務規定や配慮義務規定は、将来的に義務規定に改正される場合もあります。
たとえば男女雇用機会均等法は、1985年の制定当初、従業員の募集や採用、配置などに関する「男女間の均等な取り扱い」は努力義務でした。しかし、1997年の改正に伴い、努力義務規定は義務規定へ変更されました。さらに2006年には、男女共に性別を理由とした差別的扱いが禁止されました。

荷主や物流事業者の努力義務
これまで努力義務について一般的な内容を解説しましたが、荷主や物流事業者にも努力義務は課せられています。
流通業務総合効率化法における努力義務
流通業務総合効率化法の改正により、「物流効率化への取り組み」が全ての荷主・物流事業者に努力義務として課されました。同法改正における物流効率化の内容は、以下の2つと定義されています。
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貨物自動車運送事業法における荷主の安全配慮義務
荷主主体の荷待ち時間の削減について、流通業務総合効率化法だけでなく貨物自動車運送事業法でも規定されています。
貨物自動車運送事業法では、荷主の安全配慮義務が規定されており、荷主はトラック運送事業者・ドライバーが法令を遵守して安全に事業遂行できるよう、必要な配慮をしなくてはいけません。
具体的には「長時間の荷待ちが恒常化している」場合が、安全配慮義務違反を疑われる事案の1つです。安全配慮義務違反の原因となる疑いがある荷主に対しては、働きかけ・要請を行います。それでも改善されない荷主には勧告が行われ、荷主名と事案の概要が公表されます。荷主にとっては社会的信用への影響は避けられません。
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トラック・物流Gメンによる取り締まり
トラック・物流Gメンは、悪質な荷主に関する情報収集をするだけでなく、実際に荷主を訪問して是正措置を講じる部隊です。トラック・物流Gメンにより指摘が入った荷主は勧告や社名公表を避けるべく、努力義務や配慮義務を自発的に行う構造です。
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荷主や物流事業者は努力義務にどう向き合うか
物流関連2法における努力義務について、概要や実行力を高めるための仕掛けを解説しました。それでは、荷主や物流事業者は努力義務にどう向き合うべきでしょうか。
義務規定になる可能性を見据える
男女雇用機会均等法では当初は努力義務だった規定が、義務規定に変わったことを解説しました。物流関連2法においても同様の動きがある可能性は否定できません。
荷待ち時間は日本全体では削減できていない
国土交通省が発表した2024年度の調査結果によると、荷待ち・荷役の時間は、1回の運送当たり平均3時間2分でした。前回2020年度調査の3時間3分から横ばいで、国が目標とする「2時間以内」とは大きな隔たりがあります。

引用:第17回トラック輸送における取引環境・労働時間改善中央協議会
MOVO Berthのようなバース予約システムを活用して、荷待ち時間の削減を実現した荷主・物流事業者は多くいます。しかし、日本全体ではまだまだ荷待ち問題は解消できていません。
今後も荷待ち問題が解消されない場合、荷待ち時間の削減は全ての荷主・物流事業者にとって努力義務規定ではなく、義務規定になる可能性もあるかもしれません。
努力義務のうちに企業変革を行う
荷待ち時間の削減が全ての荷主・物流事業者にとって義務規定になる場合、新たな法律案の原案作成から改正法の施行まで一定の猶予期間があるでしょう。今日からこの施行日までの猶予期間をどう使うかが重要です。
バース予約システムを導入すればいいわけではない
荷待ち時間の削減にはバース予約システムの導入が有効ですが、このようなシステムを導入すれば荷待ち問題は解決するわけではありません。
バース予約システムを効果的に活用するには、自社の既存の体制・オペレーションの変更、関係会社への周知が必要です。システムを用いた新しい運用が定着するまでには数ヶ月はかかるでしょう。
重要なのは企業倫理の変革であり、時間がかかる
バース予約システムを用いた運用の定着は、あくまで表面的な取り組みです。最も重要なのが、組織文化や従業員のコンプライアンスに対する意識の変革です。
荷待ち問題とは、アナログな業務フローだけで発生する事象ではありません。「ドライバーを待たせていい」という不適切な認識や、そのような業務慣行を容認する組織文化により、改善の着想が生まれないことが本質的な原因です。
荷待ち時間の削減が義務規定になった場合、このような意識変革も企業のガバナンスとして重要でしょう。全社的な意識変革は時間がかかります。これは今日から施行日までの猶予期間よりも長くかかるかもしれません。
本記事では、法令における努力義務の概要と、物流領域における努力義務への向き合い方を解説しました。努力義務規定は、今後の状況次第で義務規定へ改正される可能性を否定できません。また、上記の荷主の安全配慮義務やトラック・物流Gメンによる取り締まりを通じて何かしらのペナルティにつながる可能性もあります。そのため、「努力義務なので対応しなくてよい」と考えではリスクがあり、「義務規定に改正されることを見据え、努力義務のうちに取り組みを進める」と考えることが自社にとってリスクヘッジとなるでしょう。
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